広告の言葉

目標もなく、ただ淡々と生きている人を、現代社会は見落としているように思われる今日このごろ。高度成長の文脈の中で、利益をあげる人は素晴らしい、生産性の高い人は素晴らしという賞賛あり。それはそれで、この国の成長に貢献されたという意味で、素晴らしいと思う。広告の言葉も同じで、アピールとは自己の有用性や生産性の高さを誇示するものだとなった途端、最近の時代空気には置いていかれるように思われるのです。

近代化がプラザ合意で円が強くなった時に達成されたとするならば、それ以降は、その惰力で走り、価値観も大きく変わらなかったように思う。合理主義が全てという価値観も、ここにきてようやくそうではないという曲がり角。素晴らしいアピールはもう多くの消費者に飽きられているのではないかと仮定してみる。

生産的じゃなくても、ただ自分の生まれてきた意味を問い、魂に誠実に生きる。こういう清々しく、気持ちのいいひとを何人も見てきた。少なくとも、そういう人に肩身の狭い思いをさせない、邪魔をしない言葉を考え、表現するコピーライターでありたいと思っています。


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