発想力

石原慎太郎氏が逝去され、生前を振り返るVTR の中で「最近の政治家は発想力がない」とおっしゃっておられた。政治家のことはともかく、発想について思うところを少し。

発想力は、自分で試行錯誤しながら、思考している人の次の一手だと感じています。ですから、人のやっていることを模倣している段階では、それは生まれない。模倣は模倣で良くて、それは学びの段階です。学んだ上に築くのが進歩であり、その進歩に貢献するのが独創です。発想とは、進歩とか独創にかかる言葉だと私は思っています。

発想力がないというのは、まだ模倣の段階か、模倣で満足しているか、のいずれかの状態を指します。20年近くコピーライターをやっていると、ある日突然コピーライティングを仕事にしたという人を見かけます。業界の人口が増えることは良いことであり、繁栄にもつながると思っています。問題は、模倣の先に彼らがいけるのかどうか。もちろん、それは私自身の課題でもあります。

誰もが模倣から入る。私も師匠の模倣から入った。しかし、社会的背景の変化に伴い、同じことだけをやっていても存在意義が薄まっていく状況にあって、コピーライターの芯を強固なものにしつつも、貢献できる社会との接点を微妙に変えていく必要がある。そのあたりが発想力の問われるとことです。模倣で飯が食えるうちはいいんです。問題は、その先。発想力が問われる場面が誰にでも等しく訪れる。そこで独創的な展開をする人に、今とても興味があります。ということは、私自身も、そうありたいと願っているのだと気づきました。


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