今週の動き

ぶじ論文を出すことができました。大学の先生や博士課程の学生の力はすごいものだと改めて実感。ご指導いただけるのはありがたいことです。知の最前線は、断片的に得意先のコミュニケーション戦略に生かされていますが、学問として認められるかどうかは、学会の判断する世界。その締切は先週金曜で、土日は子どもの野球。練習試合で塁審デビュー。成長しようとしている瞬間に立ち会える喜びは何ものにも代えがたいものです。
来週は、高松からのスタート。月曜は某新聞社広告局と打ち合わせ。火曜は大阪です。大阪大学と学術交流パートナーの1校である上海交通大学とスマートシティという新しい分野での交流を始めており、教授がお話になるので勉強。その後、岡山で得意先と取材。水曜は現代文の単科塾「OSアカデミア」今週は、言語論。木曜、金曜はボランティアの会もありますが、原稿と企画書がたまっているので、思考の時間をたっぷりと取りたいと思います。
グランドで春の兆しを感じました。耐えた寒さが緩みはじめると、物事がすべて上向く感じがして好きです。


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<今週の動き>

今週も、大阪からスタート。火曜まで。水曜以降は、得意先との打ち合わせが2件ある以外は、溜まっている制作の時間。ラジオCM、企画書、原稿、セミナー準備などなど。金曜は、お誘いいただいた飲み会。土曜は、得意先と遅めの新年会!
週末は子どもの野球でした。午前は学童さんによる審判講習。午後からは、練習試合2試合。最終学年として、チームに貢献できる最後の年です。
いまのわたしに転勤は関係ありませんが、新入社員として就職した会社は転勤の可能性があり、わたしはそれを快く思っていませんでした。当時はまだ結婚なんて予定すらなかった時期ですが、子どもができれば、子どもの成長のそばで過ごしたいと願っていました。幸い、いまはそういう生き方が現実となり、子どもがやりたいと言ったことの応援をさせてもらっています。神様に感謝です。それももう、中学にもなれば、親の手からは離れていくでしょう。最後のご奉公を楽しみながら、自分の仕事も少しずつ離陸の時かもしれません。大阪に向かいながら、そんなことを考えています。


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<人の成長>

【これも、コピーライターの視点_144】

節分がきて、ぶじ後厄が終わったのだと思いますが、信じる・信じないは別に、何となく心が軽くなった気がします。とらわれていたものから自由になったというか、ふわっとカラダが浮かび上がるような軽やかさを覚えます。会社の引っ越しで目にした10年に余る期間の資料には、成果の上がった企画、オクラとなった企画などがあり、自分の器を見ているような気がしました。何でもできるように思えて、できることは限りがあるということも振り返って知ることができました。

一貫しているのは、コピーライターの可能性の追求と仕事領域の変容を遂げること。コピーライターと名乗るのに恥ずかしくないだけの広告賞を獲り貯めて、それからは自主企画の立ち上げに熱心だった時期がありました。そこから活動団体を立ち上げるというところで停滞していました。その学びからいまは、「組織」を作るのではなく、「文化」をつくる、または「人」をつくるということが大事だという考えに至っています。企業の存在価値を言葉で明確化・戦略化していくというコピーライターの仕事を通して、人をつくり、文化をつくるということが、その職域の変容の可能性として見えてきました。

事務所の引っ越しをしていて、人はパンだけに生きられないものだと、つくづく思ったものです。生きづらさを乗り越えるために、思いを言葉にしてみたり、誰かの考えに寄り添ってみたり、自分を置き換えてとらえる何かを欲したり。そのたびに本を開いたり、映画を見たり、絵画を眺めたり。そして、それらの多くはわたしを通過し、ある部分は記憶され魂の一部となり、他の多くは意識下に潜り込んでいるだけのような気もします。文化の消費ができるということも、豊かさの一つなのでしょう。

私たちは、常に花が咲くときに感じる得難い豊かさのようなものを欲しているのではないか。それは、人の成長のそばにわたしは見て取ることが多いような気がします。有名なくだりに、「意識が変われば、行動が変わる」というのがあります。わたしは、意識が変われば、その変化を具現化できる「方法」を会得し、その継続の果てに行動が変わるのだと思います。「方法」を示し、二人三脚しているのが、CONERIのコミュニケーションコンサルです。そして、それは、人をつくり、文化をつくることにつながっている。模索の末に、ようやく、そう確信できるところまで来ることができました。週末は子どもの野球。成長している子どもは、実にいい表情をします。子どもに学び、わたしも成長できています。


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<哲学の散歩道>

【これも、コピーライターの視点_142】

日曜のあさに本棚を眺めながら。わたしが自分でせっせと本を買い始めたのは大学に入ってからのこと。下宿を引き払うときもその移動に往生しましたが、その当時のままの本もずいぶんと手もとに残っていました。何年も開いていない本は、勇気を出して処分しようとしていましたが、いざ手放すとなると、自分をつくってくれた本だという意識がジャマをします。

結局、手元に残した本は、古典と哲学。あとは、コピーライター関係の本。わたしの読書歴を振り返ると、10代の後半から20代は「解放」という言葉が当たります。自らとらわれていたものから、本は解放してくれました。その過程で言葉の持つ力に心を動かされ、コピーライターという職業を選択したのだと思います。コピーライターという職業が氷山の一角であるとすれば、その水面下には古典や哲学の海が広がっていることがわかります。

ネットの進化によって、お手軽なノウハウや説明的文章(○○の方法など)の需要が後を絶ちません。古典や哲学は流行るものではないかもしれませんが、ものを生み出す人の背景に、ひっそりと在って欲しいと思います。42歳という自分の年齢的なことから言えば、ノウハウや説明的文章だけを読んで過ごすには、人生は長すぎる。そんなことを思いながら、本を選っていました。

もちろん、日々の忙しさは本からわたしを遠ざけますが、あえて何も予定や仕事を入れない時間をつくることが、さらなる成長を担保するのではないかとも思います。1月の手帖は、もう真っ黒で、2月も怪しいものですが、哲学の散歩に出かける時間を持ちたいと思います。


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<モノサシの誤りかもしれないという仮説>

【これも、コピーライターの視点_141】

ゆとり教育は失敗だったという向きがあることは誰もが聞いたことがあると思います。しかし、わたしは、ゆとり教育の評価を、これまでと同じ偏差値ではかろうとすることに無理があるのではないかと感じることがあります。もっと多様な評価の観点はなかったのか。教育の現場にはあったのかもしれませんが、社会的にはどうしても大学入試という「出口」が変わっていない以上、失敗となっているのかもしれません。

このように、新しい取り組みには、新しい評価指標が必要です。教育の場合、どのような「学力」を子どもにつけるのか、ということがその最大にして本質的な軸。企業経営であれば、どっちに転んだって「儲け」というものが重要ですが、その儲けを生み出す過程が、これまでとは変わってきている。ある建材メーカーからの相談で、コミュニケーション戦略の構想・企画・制作・運用についてお話をする機会に恵まれました。そこで少し考えたこと。

いつの時代も、企業はモノやサービスを売らなくてはならない。売上とか粗利率という「出口」を保証するには、その過程が時代に応じたものでなくてはなりません。いま、この時代を生きる私たちに働きかけることで、心を揺さぶり「買ってみよう」と思わせることが必要です。その過程は、コピーライターの開発した言葉も一つの軸になり得ますが、営業マン一人ひとりの考え方やものの見方が問われる時代です。そして、組織である以上、その考え方に対する評価も必要。意識が変われば行動が変わり、行動が変われば売上が変わるとするなら、意識の変容を捉えた社員の評価をトップは観察する必要があります。

わたしは、ゆとり教育の世代は、社会が言うほど悪いものではないのではないかと思います。社会のモノサシで見ず、一人ひとりの人間のなかには、ゆとり教育でしか得られなかった良さが必ずあるはずです。人を生かすも殺すも、トップの決める人の評価の視点であり、それは言葉の仕事と密接にかかわってきます。CONERIが言葉と思考をセットにして売っているのには、そういう理由もあります。


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